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2011-04-05 Tue
fc2のトラブルでここ二日、自分のブログの管理画面にアクセルできなかったのだが、今朝、仕事に行く前に試しにアクセスしてみたら、アクセスは出来るのだが、なんと過去の記事がいっさい消えている、、、、、ががーん!!嘘でしょ!!信じられん。私のことなので、バックアップなんかとってない。あまりのことに、言葉を失いつつ、今はとりあえず、今日一日を生き延びなければ、、、、。ローマから帰ってから今後どうするか、考えよう。
2011-04-01 Fri

眼下に広がるのはUmbrianoという今はゴーストタウンと化した街。
1950年代からすでに誰も住んでないらしい。
60年間人の住まない街を、太陽のがさんさんと照る午後に訪ねた。
アメリカのゴーストタウンが(カリフォルニア州のカリコとか観光地化したものは除く)、
自然に飲み込まれつつ、あきらめの装いで残ってるのに対し、
ヨーロッパのゴーストタウンは、
自然に立ち向かい、そこを訪れる我々を寄せ付けない、ある意味昂然とたたずむ。
それだけにとても不気味だ。
イングランドの廃墟となったお城の近くまで行った時も、なんだかそこに近づいてはいけない気がして、
早々に引き上げてきた。
てなわけで、イタリアの廃墟巡り(?)もあんまり気が進まなかったのだが、
ヴィオラ科の卒業試験も終わったし、試験のための練習でお友達の誘いも断り続けていたので、
「ツレナイ奴」と言うあだ名がついてしまったので、それを解消するべく、ピクニックに付き合った。

廃墟の街にたどり着く唯一の道。誰も通る人はいない。
土砂崩れでもあったら、帰れないねー、などと話をしながら、マムシにも気を配りつつ先を進む。

街に向かう道の手前で、パオロを知るオジさんが私たちがUmbrianoに向かったんをみたので、
何かあっても大丈夫だよねー、とお互い言い合う。
何だみんな怖がってるんじゃないのほんとうは、、、。

歩くこと1時間。Umbrianoの街に着く。
いい天気の、のどかな午後だったが、廃墟の街の塔はうら寂しげ。

街の通りは、瓦礫が散乱している。なんだかポンペイを思わせが、
あちらは2000年前、こちらは60年。あまり変わらない気がするのは何故?

打ち捨てられた家の中にも、簡単に入れてしまう。
皆おどおど「おじゃまします」などとつぶやきつつ玄関を入る。
小心者集団だが、私たちにそう言わせる雰囲気が漂っている
家の中とはいえ、木の屋根瓦を支える部分が落ちて、天井から空が見える。
うちの中と言う感じではない。
それでも、「ここは家なんだ」と建物が言っている。
日本人の私から言えば、靴も脱がなきゃいけない感じにさせる何かがある。
(もちろん瓦礫が散乱しているので、そんなことはしないが)
人がそこに生きていた記憶が、朽ちていく建物に今なお刻まれている。
すごーく、不気味だ。
二階の床が落ちて、二階にあったと思われる暖炉が中に浮いた感じになっている。

こちらも、屋根と二階の床が落ちて、1階には屋根瓦が散乱。
皆玄関から1メーチルぐらいしか入らない。入れないのだ、、、。
入ってはいけない気にさせられる。
「あの窓のとこまで行ってみー」とか言い合うのだが、誰も動こうとしない。
伝染病で住人が死に絶えたとか、戦いで皆殺しになった、などのおどろおどろしい過去があるわけでもない。
ただ、歴史の中で打ち捨てられ、忘れ去られた街。
街の入り口に着いたとき、なんだか久しぶりに人が来たのね、、、みたいな、かすかな歓迎の感じが
街からした気がしたのだけれど、やっぱり家の中には入れなかった。
家の外に一歩でながら(そもそも皆一歩しか入ってないのだが)これまた口々に「失礼しました」
と言って、1時間の道を戻ってきた。

出発地点に戻る道すがら、皆一様にしんみりしてたのだが、
最後はミオンおじさんの提案で、午後4時の「おやつ」となった。
「おやつ」はワイン、各種チーズ、生ハム、サラミ、、、、、。
パオロだけはカメラ目線もせず、食べ続ける。どこまでもマイペースなのだ。
2011-03-31 Thu

久々にブログを更新して、結婚式の写真を載せたら、、、日本の旧友たちから大ブーイングが、、、。
きちんと詳細まで報告しろとのことらしい。結婚式の報告は既にしていたのだが、事後報告だったのが
今だに納得がいかないらしい。だから、ドタバタと最後の段階でダッシュで結婚したんだってばさ。
お願い、許して。なので、詳細報告します。だからそんなに怒らないでね。

イタリアでの結婚式は教会でやるか市役所でやるかなのだが、私たちは市役所を選んだ。
ここがテルニ市役所の会議場。
私の隣が私の証人のAC、パオロの隣がパオロの証人のアンジェロ(パオロのお兄さん)
アンジェロの後ろあたりにいる日本人のShima君は、どの写真を見ても、天井のフレスコ画ばっかり見てる。
結婚式に来たんだよね、Shima君。

イタリアの結婚式のアルバムは気合いが入っていて、結婚式専門の写真屋さんは巨大なアルバムを作ってくれる。15キロかそこらはゆうにある。それをしまう革製のトランクまでつけてくれる写真屋さんもある。
すごく立派で、それはそれで素敵なのだけれど、私の性格からしてたぶんアルバムはそうみないだろうし、
どこに置いていいかわからないし、ベットの下でほこりをかぶっていくのが目に見えていたので、アルバムは作らないことにした。
写真は演奏家のコンサート写真を主に撮ってる写真家に頼んで、アルバムの代わりに白黒のフイルムの写真もお願いしたら、その人はがぜん張り切って、ものすごい芸術的に美しい写真を撮ってくれた。
素人の私にもフイルムとデジタルの違いがわかった瞬間であった。
しかし、今うちのスキャナーがこわれているので、いつかアップしようと思う。
写真は、テルニ近郊のローマ遺跡 Carsule に撮りにいった。

ローマに続くアッピア街道の石畳の道には2000年後の今も馬車の車輪の跡が残っている。

式の後のカクテルパーティーはDA.CO.という音楽院のすぐ近くにあるワインバーで。
パオロの家族はみんな音楽家だし、私の友達も音楽院の友達だったので、演奏者はそれぞれ出席者が飛び入りで
演奏したり歌ったりしてくれた。
酔いも回ってきた頃、それぞれ自分の楽器ではない楽器を持って踊りだしたりして、乱れに乱れて(?)
非常にイタリア的な披露宴であった。
カクテルパーティーのビデオ をリンクしておくが、たぶんしばらくしたらこれは取り除く予定。
何せ皆さん、自分の楽器ではないものを演奏している。冒頭の二人のタンバリンは彼女はピアニスト、
彼はテノール。カスタネットはオーボエ奏者、ギターの一人はコントラバス奏者。(ため息)
皆さん、好き勝手にやっている。裸足で踊ってる輩の中にも日本で演奏活動している者もいるので、
やっぱり、誰も見てないであろうブログとはいえ、一応公開なのでビデオは期間限定にしておく。

私のイタリアのお友達。でも彩ちゃんは日本人。(言わなくてもわかるか、、、)
というわけで、自分でも信じられないが、2010年の3月に結婚したのである。
詳細報告が遅くなって申し訳ない。
2011-03-29 Tue

地震発生からというもの、インターネットに張り付いたままである。
イタリアでも日本の地震と津波について大きく報道されていた。
東京電力の福島原子力発電所事故、放射能漏れについては、日本のメディアより早かった。
イタリアが日本より早いこともあるんだ、、、、と変なところに感心した。
この1週間に羽にイタリア赤十字の番号を印刷した紙を貼付けた折り鶴を、350羽作った。
携帯からこの番号にメールを送ると2ユーロ募金される仕組みだ。
350羽はもちろん一人で折った訳ではない、、、。
親しい友人やら親日家イタリア人を夕食によんで、食後デザートの前に強制労働(?)してもらった。
もちろん、イタリア人なので、
(この場合のイタリア人とは『おおざっぱ』という意味の形容詞をたぶんに含む)
首がひしゃげた鶴や羽が左右対称でない鶴やら、果ては何の動物かわからないものまで出来て、
手直しにかえって時間がかかったりもしたのだが、、、。
心がこもった鶴を、音楽院、スポーツクラブ、小学校へと配ってきた。
当面の目標は皆で1000羽の折り鶴を作ること。
受け取った人が、全員募金に協力してくれたら2000ユーロだ!!
と、AC、その元カレのテノール、ミオンおじさん、そしてパオロと私で頑張っている。
チャリティーコンサートなどの話などもあるが、スポンサーを探して音楽家がギャラを寄付する形にするのか、
それとも来てくれた人に寄付を募るのか?
さらに、場所が教会の場合、チケット制には出来ないのだから、お布施という形で寄付されたものを
教会が日本支援の募金に寄付してくれるのか?
いろいろ複雑なことが発生してくる。場所代とピアノのレンタル料をどうするのかとか、、、。
さらなる問題は、チャリティーコンサートでも著作権教会への書類の提出と、著作権料の支払いが発生したりして(プッチーニなどもこの範囲に入る、、、でもモーツアルトとか古い作曲家だけなら書類の提出だけで、著作権料が発生しないかな、、、)もはや私の手に負える範囲ではない。
かくして今日も私は折り鶴を折るのである。
ところで、この折り鶴を手渡しした何人かの有識者の中には、
「日本のことには心を痛めている、でもイタリア赤十字は信用できないので、直接日本の機関に募金する方法を教 えてくれ」とか、
友人の中には直接私に10ユーロ紙幣を渡しながら
「イタリアの赤十字は信用ならないから、日本赤十字社に寄付する時に私の分も一緒にしてくれる?」
というものまで現れる始末。
赤十字は国際機関だし、、などと簡単に信用していたが、なんだか心配になってきた。
ここはイタリアなのである。イタリア人をみならうべし。
イタリアの赤十字を通さないで出来る、別の募金の方法を調べてみよう。
ブログを放ったらかしにしていた間に訪ねてくれたお友達の皆さん、ご無沙汰していました。
これからぼちぼち更新していこうと思ってます。






